城、臨む騎士
負けたのだ。
傷を負い、長い長い眠りから覚めた瞬間言われた言葉はレギンにとって聞かない方が良かったと思えるほど絶望的なものだった。
同盟国、ファーフナーの突然の侵略によりロクスバーグは壊滅的な打撃を受けた。戦場に出ていたレギンにはそれがよく分かっていた。準備もろくに出来ておらず、こちらは小国であるがゆえに人数も笑えるほど少なかった。初めから勝てる戦ではなかったのだ。
「どうして・・俺は生きているんだ」
仲間達が次々に倒れていき、自分も矢を受けたはずだ。鋭い痛みと暖かな血、遠退く意識の感覚を鮮明に覚えている。
「・・あの後、王が討たれてな・・その隙を見て俺達は・・」
「逃げたと言うのか!?王を・・王を見捨ててか!?」
騎士としてあるまじき行為だ。例え王を守れなかったとしても最後まで戦う義務があるはずだ。
レギンが問い詰めると男は苦しげに顔を歪めた。唇を噛み締めて握られた拳は僅かに震えている。
「それしか・・方法はなかったんだ・・!あのままいても先は知れていた・・!では、俺達は生き延びていつか、と・・」
それしかなかったんだ、と自ら言い聞かせるように叫ぶ男に掛ける言葉は見付からなかった。レギンはこの男の事をよく知っていた。王家に忠誠を誓い、真面目に働いていた。苦渋の決断だったのだろう。
自分は倒れていて状況は分からない。助けられておいて相手を責めるような事を言ってしまった、と己を恥じていると男が酷く言いにくそうに口を開いた。
「レギン・・・お前、姫様と婚約していたな?」
「え・・・っ!!姫・・そうだ、姫は!?姫は無事なのか!!?」
なぜ今まで忘れていたのか。脳裏に愛しい少女の面影が過ぎり、レギンは狂ったように男に詰め寄った。包帯の巻かれた胸から血が滲み出る事も気にせずに。
「落ち着け!傷口が開く・・・姫様は・・ご無事だよ」
「本当なんだな!?他の王家の方々は・・・!?」
「・・・・・・」
言いにくそうに顔を背ける男の態度が全てを物語っていた。あぁ・・・と知らず知らずの内に呻き声を上げる。
王族を生きたままにしておくはずがないのだ。王夫婦は勿論、世継ぎである王子も全て皆殺しにして復興を許さないのが侵略の常識。
そこでレギンははた、と気付いた。ではどうして姫は無事なのだろう。例え女であり世継ぎではないにしろ生かしておけば何かしら問題が出て来るのは必至だ。
「姫は・・本当に無事なのか・・!?今何処にいる?」
冷や汗が額に滲む。姫は美しい、その美しさは国外にも知れ渡っているらしい。まさか、とどうしても考えてしまう。
否定してくれと思いながらも、しかし男は無情にも言い放った。
「姫様は・・・敵王の元に・・」
「――――っ」
眼前が赤く染まった。怒りと絶望で気がどうにかなりそうだった。
「安心しろ!酷い扱いは受けておられないようだ・・王は姫様を酷く気に入ったようで片時も傍を離れぬとか・・」
安心など出来るはずもない言葉にレギンはただ必死に荒れ狂う激情を押さえていた。
「姫・・・」
口中で囁いて眼前に聳え立つ城を見上げる事がレギンの日課となっていた。
あの城のどこかに姫がいると思うと生きる希望にもなるが、同時に姫の傍に憎い王がいると思うと嫉妬で気が狂いそうになった。
男の言う通り、姫は亡国の王族であるが大切に持て成されているらしい。こうして街へ出てみると色々なところで噂を耳にする。
ファーフナー王は蛮族と呼ばれるリベル人の血をひいている事、妃の一人もいなかった王が他国の姫に心を奪われている事。
そのどれもがレギンにとって貴重な情報であったが、聞いている内につい反論してしまいそうになる自分がいた。
姫は自分の婚約者でファーフナー王の妃になどならない。
それを言えたらどんなに楽か。だが、いつか来るはずの復讐の反乱のため今は耐え忍ぶしかない。
そんな機会は本当に来るのだろうか。数少ない残党で姫を取り戻す事なんて本当に出来るのか。不安ばかりが胸を締め付ける。
様々な噂から姫が酷い扱いを受けている事はなさそうだとホッとするが、せめて一目だけでも彼女の姿を見たい。遠目でも良い、後姿でもいいから一目、と。
焦燥がどんどん募っていき、ついに爆発してしまった。これは皆のためにならないと思いつつもどうしてもせずにはいられなかった。
夜中、闇に乗じて城の傍までやって来る。
門には当然兵が詰めていた。戦を起したばかりで城の警備も厳重になっており、簡単には進入出来ないだろう。感情に任せてここまで来てしまったが、もし自分が見付かるような事があれば――
「・・・止めよう」
馬鹿げた事だ。城に入ったところで姫がどこにいるかなんて分かりもしないのに。
しかし、くるりと向きを変えたところで兵達の話し声が聞こえてきた。不味い、と息を殺すが兵達はレギンには気付いておらず呑気に噂話をする。
「また暗殺未遂らしいぞ」
「これで何度目だ?よく王も無事でいるよな」
「隠してはいるが、今回は怪我が酷いらしい」
「大丈夫なのか?でも何でそんな怪我を?いつも暗殺者を返り討ちにしているんだろう?」
「それが、今回のターゲットはあのロクスバーグのお姫様だったらしいんだよ」
思わず上がりそうになる声を必死に飲み込んで、耳を澄ませる。
「王はそれを庇って怪我を負ったとか」
「・・・そんなに王は姫に執心なのか・・今まで妃も持たなかった王が」
「らしいなあ。この分だとお世継ぎもすぐなんじゃないのか?」
下世話だと笑いあう兵達の声などもはや聞こえてはいなかった。姫が狙われる?そしてそれを王が庇った?
「姫・・・」
再び城を臨む。
今の今まで考えもしなかったが、姫は果たして国に帰りたいと思っているだろうか。まだ婚約者である自分を思ってくれてるだろうか。
こんな事を考えるのは姫に対して失礼だと分かっていても思考は止まらない。もしかしたら命を懸けてまで庇ってくれた王を・・・。
「駄目だ・・・!」
考えるな。考えてはいけない。自分はただ姫を助ける事だけを考えていればいい。
だが、募る気持ちは大きくなってしまった。早く、早く姫を城から助け出さなければいけない。
「手遅れになる前に・・・」
姫、あなたはまだ俺に微笑んでくれますか。
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